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建学の精神

偉大なる平凡人たれ

創立者・瀬島源三郎は、わが国将来の産業経済を考えるとき、交通と産業の併行的発展こそ、不可欠であることを痛感し、赤手空拳をもって、昭和3年(1928年)大阪鉄道学校を創立しました。

以来、交通・産業教育に加えて、人間形成、創造性開発に重点を置く人材を育成し、自己確立の信念に生きる人づくり、即ち「偉大なる平凡人たれ」を建学の精神とする独自の学風を通じて、深い人生観と広い世界観を養うとともに、新しい産業社会の発展と人類の福祉に寄与できる世界的視野に立つ近代的産業人の育成にたゆまざる情熱を傾け、日進月歩の社会発展に対応できる学府として貢献してきました。

創立者の言葉

「従来の教育のごとく、出世のための手段としてではなく、そういう功利を離れた教育の場をつくるということと、それが国全体の文化向上への大前提であると考えたのが、本学園創立の趣旨であり、従って人間各自の使命を完全に果たし、それが生を享けた人間の生き甲斐であるという、教育のあり方を、私は考えた。

偉人になるとか、学者になるとか、名誉や地位の高い人間になるとか、金持ちになるとか等の、小乗的な功利主義的な考えを捨てて、いざとなれば、おのれを殺して人間社会に貢献する、それが自分の生き甲斐であり、そして、それが同時に平和で幸福な生活に繋がり、従って長い人生への生の悦びであるというような考え方を持って、平凡なようだが、かくなくてはならない人間社会構成への最もよき分子になる教育を私は考えた。これこそ、私の考えた人生において最も偉大なものであると・・・・・・・。」

創立40周年誌(昭和43年刊)
瀬島源三郎回想録『創立の精神』から

創立者の足跡

明治23年(1890)6月 真庭郡落合町に生まれる
大正13年(1924)3月 日本大学高等師範部卒業
昭和3年(1928)11月 大阪鉄道学校創立、創立幹事
昭和13年(1938)2月 大阪第一鉄道学校設立、校長就任
昭和21年(1946)4月 大阪私立戦災学校復興連盟委員長
昭和23年(1948)4月 大阪第一高等学校設立、校長就任
(のち大阪鉄道高校、大阪産業大学高校、大阪産業大学附属高等学校に改称)
昭和25年(1950)4月 大阪交通短期大学設立、初代学長
昭和30年(1955)7月 大阪府私立学校総連合会理事長
昭和31年(1956)4月 全国私立中・高校連合会常任理事
昭和32年(1957)10月 大阪府私立工業高校長会会長
昭和33年(1958)5月 藍綬褒章受章
昭和40年(1965)4月 大阪交通大学(現大阪産業大学)設立
昭和40年(1965)5月 産業教育振興協議会会長
昭和40年(1965)11月 勲四等旭日小綬章受章
昭和41年(1966)4月 大阪産業大学短期大学部設立
昭和52年(1977)11月 勲三等瑞宝章受章
昭和54年(1979)9月 逝去(89歳)
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